在庫増が苦にならいための3つのポイント

#15 在庫増が苦にならないための3つのポイント

amejisuto

ひょんなことから半貴石卸売業のN社長とお話しました。

N社長の扱う半貴石とはアメジスト、水晶などの石のことです。

宝石と呼ばれる石のうちダイヤ、エメラルド、ルビーほど希少性が高くなく

価格も比較的安い宝石のことを半貴石と呼びます。

昨今ではパワーストーンなどとの呼び名でもよばれることもあります。

 

商売を行っている人であれば、在庫の増加は悪との認識は根強いものです。

顧客にとっては品揃えが商品購入時の大きなポイントになりますが、

供給側からすると、在庫の増加は商品廃棄損や値引き販売の温床になり、

換金できない資産を持つことで資金繰り圧迫の大きな要因となるからです。

過去の中小企業の倒産においても、

売上不振→在庫増→資金繰り圧迫→倒産

という流れを数多く見てきた経営者が多く、常に在庫に気を付けている人が大半だと思います。

債権者側から見ても、取引先の損益状況の次に注視するポイントとして在庫があげられます。

特に品揃えが重要となる小売業や卸売業にとっての在庫はその会社の命運をわかつ経営戦略上もっとも大きな要素といっても良いでしょう。

ではその在庫の量についてはどう考えれば良いのでしょうか?

一般的には業種毎に適正在庫水準なるものが目安としてあります。

その適正在庫の算出は、在庫回転期間(平均在庫÷月商)により計算されます。

在庫が月商の何か月分になっているかを求め、業種別の在庫期間と比較します。

業種別の在庫期間の考え方は、例えば生鮮食品や生花など生ものを代表とする日用品は商品陳腐化ペースが速く、1~3日のうちに売り切ることが必要です。

よって日用品の在庫期間は0.1か月など短くなります。

一方で例えば家具などの耐久消費財は在庫期間が長くなる傾向があります。

在庫期間が長くても商品の価値は下がらないので概ね6か月程度の在庫期間が平均となっています。

以上から日用品の在庫期間は短く、耐久消費財の在庫期間は長いのが一般的です。

この適正在庫期間を超えた在庫は過剰在庫と呼ばれることとなり、

場合によっては商品廃棄損や値引き販売を行う結果、

粗利益の減少要因となるというのが一般的です。

だから経営者は自社の適正在庫と実際の在庫の把握が必要となるという考え方です。

 

半貴石卸売業界の適正在庫は概ね月商の3か月程度となっています。

リーマンショックのあった2008年以降その水準は低下(減少)しています。

背景には売上不振の環境下、在庫水準を抑えることで、商品廃棄損や値引き販売を回避する作戦を業界としてとっていると考えられます。

Nさんの会社の場合はどうかというと、在庫水準は月商の7か月分であり業界平均の適正在庫の2倍以上の在庫を保有しています。

こんな水準では経営危機に陥るのでは?と思ってしまいます。

月商7か月分の在庫が適正在庫となる秘密は?

ではなぜNさんの会社の在庫がこれほどまで膨れ上がっているのに健全な経営を維持できるのでしょうか?

ポイントは3つありました。

①    仕入ルートの秘密による高い粗利率

Nさんの会社の大きな特徴は仕入ルートにあります。

アメジストや水晶の高品質な産出地はブラジルです。

もともとNさんはブラジル移民の2世として15歳までブラジルで生活をしていました。

現在も両親はブラジルに住んでいます。

ブラジルのアメジスト鉱山との密着した人脈があり、

他社に比べ圧倒的に有利な仕入が価格や質、量の面で可能になっているわけです。

他社に比べ有利な仕入率で安い仕入が可能なことから、

卸販売価格が他社と同程度であっても高い粗利率を確保することができるのです。

この高い粗利率が商品廃棄損や値引き販売をした場合でも安定的に利益を計上できる要因となっています。

卸売業が仕入で他社と差別化した高い粗利率を確保できることは

メーカーで言えば特殊な技術力を持つことに匹敵する強みとなるのです。

事実メーカーでは特殊な技術力を持つ産業機械メーカーの「キーエンス」の粗利率は

70%以上を確保しています。

 

②    販売ルートの多様化

粗利率が高くても、やはり商品の廃棄損や値引き販売のダメージは皆無というわけにはいきません。

Nさんの作戦のもう一つの秘密は自社小売店舗の存在です。

従来卸業者から小売店への卸売価格は店頭販売価額の60%程度。

1個1,000円で店頭にならぶ商品なら600円で卸売をします。

卸売時のNさんの会社の粗利益は50%(つまり仕入原価は300円)とします。

過剰在庫について自社小売店舗で卸売時の価格600円で店頭に並べることが可能となり、

小売業の店頭販売価格1,000円に対する価格競争力が高い店頭販売が可能です。

ただし、Nさんの主要顧客である小売店側からすると、卸業者の小売化は背信行為ともとれる行いとなります。

ここで一番重要なのはNさんは不特定多数向けの小売りではなく

リピーターに絞った小売を心がけているということです。

有名な東京都内の花屋さんの例を過去に聞いたことがあります。

花屋さんにとって在庫ロスは大きな粗利益の圧迫要因となるため、

その花屋さんでは昼間に売れ残った花を水商売の客である「おじさん向け」に売るのです。

ホステスの誕生日を独自に収集し繁華街での立ち売りをして

夜のうちに在庫を売りきってしまうという手法をとっていると聞いたことがあります。

卸と小売りとの違いはありますが、

過剰在庫の処分はターゲットを絞って特定少数向けに行うことで

既存の主要顧客への影響を抑えながらも可能になるのです。

ここが本当のポイントになるのだと思います。

この販売ルートの多様化により在庫が多くても売り切る自信となり

攻めの在庫戦略をとることを可能としているのです。

③    資金調達の変更

高い粗利率と在庫を売り切る販売手法があったとしても、

それを支える資金調達ができていなければ絵に描いた餅にすぎません。

そこでNさんは銀行の借入金を長期借入にシフトし返済負担を軽減したのです。

通常在庫見合いの借入金は短期借入となります。

在庫回転期間が長いことは資金化するのに時間がかかるということですから、

返済の期間が短いと資金繰を圧迫するため長期借入にする必要があるからです。

ポイントはこの状況を金融機関にどう納得してもらうかです。

通常適正在庫を上回る在庫について金融機関では不良在庫として

予防的に自己資本から差し引きする作業を行います。

つまり過剰在庫を全額廃棄損としたケースとして想定し、

損失を出した場合の決算シュミレーションを行うのです。

そうするとNさんの会社の信用力である自己資本が劣化することで

金融機関の融資姿勢は硬化するはずです。

ではどうやってNさんはこの状態で借入金の長期シフトを可能にできたのでしょうか?

Nさんが行ったのは実地棚卸の回数を多くすることで、金融機関の信用を取り付けたのです。

通常の中小企業では実地棚卸の実施は決算期の年に1回というところが普通でしょう。

一方で金融機関からすると年に1回の棚卸では企業の実態を把握するには心もとないというのが実態です。

この金融機関の不安を払しょくするためにNさんは実地棚卸の期間を3か月毎とし、

金融機関に報告を行うことで借入金の長期シフトを実現したのです。

 

自社の仕入ルートの強みを最大限活かすために、

半貴石卸売業の同業他社が在庫を削減する中、Nさんは在庫を武器として、他社との差別化を図っているのです。

一方で金融機関への積極的な財務状況の開示と自社の経営資源について説明を行った上で

パートナーとして巻き込み、自社だけでは解決できない課題を克服したのです。

 

中小企業にとって自社の強みを活かすことが差別化につながります。

そこでは果敢にリスクをとりに行くことが大事です。

Nさんの会社も在庫増による品揃え戦略を採らなければ、

その他業者よりただ安いだけの卸業者にとどまっていたでしょう。

自社だけで解決できない課題については金融機関などとパートナーシップを保つことができれば、

弱みを克服することができるはずです。

 

大事なのは勝負に出る前に

強みを活かすには何が必要か?

弱みを補完しあえるパートナーは誰か?

常に考え準備しておくこと。

勝負をする前の日々の仕事に対する姿勢で

実は結果は出ているのかもしれませんね。

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