海外進出に本当に必要なことは?
#16 中小ものづくり企業の海外生産への挑戦
ひょんなことから金属部品製造のMさんとお話しました。
Mさんの会社は電気メーカーの下請け工場として50年の実績がある企業です。
主にカーナビやカーオーディオの駆動部品を製造しています。
DVDやCDを差し込むターンテーブルが開く際に使われる稼働装置を製造しています。
自動車メーカー純正カーナビに使用されるだけあって品質は高く、Mさんの会社の稼働装置は動きが滑らかで作動音がしません。
安いカーナービなどを使用していると「うぃーん」という作動音が気になる人もいるでしょう。
当該部品のシェアは国内トップの実績を確保しています。
一方でここ数年メーカーのコスト低減要請は年々強まりました。
背景としては
2008年リ-マンショック
2011年東北震災
2011年タイ洪水
2012年尖閣諸島問題から中国での日本企業排斥運動の高まり
日本の製造業を取り巻く環境は激変しました。
Mさんの会社の製造工場は東北にあります。
取引先電気メーカーの東北工場進出に合わせ20年前に工場を移設しました。
その後、取引先電気メーカーの東北工場は閉鎖され山陰地方へ工場は集約されました。
しかしMさんの企業は東北から山陰地方へ納入してきました。
危機到来
取引先電気メーカーの経営環境も大きく変わり、製造コストダウンの要請が強まりました。
下請け企業にとって発注元のコスト低減要請は絶対です。
東北工場でもコスト低減活動を実施してきましたが、
メーカーの要請する価格とのかい離は大きく、
製造コスト単価100円に対し、納品単価が80円の現状が続き、
2年連続で売上総利益が赤字の状態となりました。
フィリピンへ
国内での生産コスト削減は限界点にあり、製造拠点をフィリピンへ移す決断をしたのです。
既にMさんの会社は中国とフィリピンに製造拠点を持っていました。
今回の主力製品の製造拠点を中国では無くフィリピンにした決め手は人材でした。
下請け製造業の海外進出における最大の課題は
どうしたら国内品質を海外で達成できるのかということです。
稼働装置の生産工程の中で組立工程(アッセンブリ)は機械化が難しく人手作業で対応しています。
ただし稼働装置はこの組立工程の優劣が品質の精度を決めるのです。
熟練工の育成が課題となります。
技術の指導者である若手のエンジニアが不足していました。
高齢のエンジニアにとって海外赴任の任務は生活面などで支障があり
これまで海外工場では現地人を工場のマネジャーとして中途採用して対応してきました。
中国工場では現地人に成果給として現場運営を任せました。
モチベーションアップを狙った成果給方式でしたが、
結果として不良品発生時に不良品を隠すなどの不正が発生し
工場での品質や生産性は期待水準には届かない状況が続きました。
このままで品質を保持できるか?
そうした海外工場運営の難しさを経験した中で、
フィリピンを主力製品の生産拠点としました。
フィリピンでは「PEZA特区」と呼ばれる海外企業の誘致を
税制面でバックアップする体制が敷かれています。
優遇を受ける条件は主に輸出比率を70%以上とすることです。
PEZA経済特区の実権者であるデリマ長官は
それまで横行していた行政のワイロや不正を撲滅し公正透明な行政を築き上げました。
具体的には公務員の給料をあげ、不正が発覚したら即、解雇する制度を運用したのです。
これにより中国プラスワン方針を目指すグローバル企業のフィリピン進出が加速しました。
中国での苦い経験を活かし
若いエンジニアを工場長、副工場長としてフィリピンへ赴任させました。
フィリピンでは女性の就業率が高く、工場の従業員の半数以上は女性です。
これはフィリピンでは夕食は外食が普通で、
女性が夕食を作るという習慣が無いからと説明を受けました。
工場での作業は主に組立工程です。
大量生産の組立工程は単純作業と思いきや、機械化できない部分でもあり実際の作業は多岐にわたり複雑です。
不具合を出さないためには、言われたことつまりマニュアルに従うだけでは不良化率を
0%に縮めることはできないのです。
作業員が常に稼働部分の仕組みを理解し組み立てることで精度の高い仕事ができるのです。
これを理解させるのが一番大変なポイントとなります。
一言でいうと
製造方法を教えるのではなく、製造の仕方を教えることだ
と現地の工場長は語りました。
今回フィリピン現地工場を見させていただく機会があり、ビックリしたのは
工場なのにとても華やかな印象なのです。なぜか?
作業着ではありますが女性はみなきれいな化粧をしていました。
笑顔が印象的です。
どうしてみな綺麗なのかと工場長に聞くと意外な答えが
「もうすぐ工場内の美人コンテストがあるんですよ」
そうか!
言われたことをやるのではなく、自分で考えて仕事をするベースにあるのは
この一見、古めかしいように見える美人コンテストがしめすような
ワクワクする職場の一体感なんだと気づきました。
そう一体感が一人一人のモチベーションを高め品質を高めていくのだと。
こうしてはフィリピン工場の製品は取引先電気メーカーの品質テストに無事合格しました。
その品質は高く評価され、その後フィリピン工場では
世界シェア70%を有するプリンターメーカーのメインベンダーとして指名を受けたのです。
今後も、ものづくりの現場では低賃金を求めてさらなる途上国へのシフトが止まることは無いでしょう。
大事な事は
“製造方法の答え”ではなく“製造の仕方”を教えることができるのかが
そのものづくり企業にとっての鍵となるではないでしょうか?
私の経験では学校の先生でも最も記憶に残っている先生は
勉強の知識そのものを教えてもらった先生より、
勉強の仕方を教えってもらった先生、
つまり勉強を楽しいものだと感じさせてもらった先生です。
継続して成果をあげられる組織とするためにすべきことは
実はすごく単純なことなのかもしれまんせんね。